第27回 IARP年次大会    講演会&パネルディスカッション

今年の年次大会を理解するための解説(1) 医学博士 相磯 健先生

平成14年6月16日(日)にIARP年次大会が千代田公会堂で開かれます。その統一テーマは「魂・いのち・身体」、副題としてー生命科学の根幹を探るーとあります。演者は、実験生命科学を始め、宗教学・神学、精神医学の分野で日本を代表する学者から 構成され、絢爛豪華と表現するに相応しい陣容です。そこでは近年誕生したクローン生物の現代的意味を問い、生命体はの始まりはいつからなのか、人は受精後いつから人になるのだろうか、精子と卵子が結合した瞬間なのだろうか、受精卵が卵割を始めたときか、卵割が進み人の形態を現したときからか、また、胚(受精卵)の再生医学的研究はどこまで許されるのか、或いは許されないのか、科学、医学、倫理学、宗教学、神学上の立場から奥深い学際的論議が行われることでしょう。

生殖細胞の精子からではなく、未受精卵に体細胞の核(遺伝子)移植を受けて産まれた人工的生命体、クロンー羊ドリーの誕生は世界的に激震を引き起こした、といっても過言ではありません。このような世界の潮流の中で、実験と理論、科学と宗教、医学と神学の領域に通暁した方々が論議する本大会は充分期待してよいと思います。

そこで、この講演会をより良く理解するため、 今回から、予想されるいくつかの専門用語を選んで若干の註釈を加えることにしました。

1.クローン

1997年2月23日(日)、イギリスのオブザーバー紙に、クローン羊が誕生した、とのニュース が載り、一躍雌のクローン、羊ドリーの名が世界に知れわたりました。成熟した雌の羊の乳腺細胞から核 を取り出し、これを予め核を抜いた羊の未受精卵に移植して体外培養を行った後、29個の核移植卵 胚)を代理母羊の子宮に戻したところ、一匹だけ産まれた、というものです。

この子羊にアメリカの女性 歌手Dollyをつけたのは、研究者によくある一種の遊び心からなのですが、ここから直ちに「人間のクロー ン」誕生を予想した人もいたようです。実際ドリー誕生の19年前、1978年の春、突然D.ロービックに よる「The Cloning of a Man」(複製人間の誕生1978年)という本が出版され、全米を興奮の坩堝に陥れたことがありました。

子供のいな いあるアメリカの大富豪が、科学者を雇って、財産分与するため自分のクローン(分身)を複製した、という驚天動地の内 容です。当時わたしは、ニューヨークのロックフェラー大学にいましたが、大学関係者は一言で「作り話 」だ、といって一顧だにしませんでした。この1978年は試験管ベイビーといわれた、ルイーズ・ブラウンが世界で最初にイギリスで誕生した記念すべき年でもあったのです。

事実その頃は未だ、体外受精による試験管ベイビーはできても、クローン人間をつくる技術はありませんでした。クローン羊ドリーの誕生は、この悪夢を呼び起こした感があります。

ではクローンとはなんでしょうか。クローン動物の誕生が、なぜこれほどまでに、識者のみならず、一 般の人々まで熱狂させたのでしょうか。そのニュースの裏に希望と暗闇を感じ取った人もいたようです。 わたし達医学、生物学関係者にとっては、クローンは日常語でしたが、一般には馴染みがなく、奇異に感じた人もいたに違いありません。

クローンとは、元来ギリシャ語で「植物の小枝(クローン)」を意味する言葉なのです。ツバキの小枝を切って、庭に挿しますと根が出て、同じツバキがつきます。挿す前の親木と挿した後の苗木は、遺伝子 上まったく同じ物で変わりありません。細菌なども増殖するときは、染色体(遺伝子)が倍増したあと二 つに分かれ、一個の細菌が二個になるだけですので、遺伝子は同じです。親の細菌と分裂して生じた子の 細菌の間に、遺伝子の差はありません。つまり、生物学上、遺伝形質が同一の個体やその個体群を、わたし達はクローンと呼んでいます。

実は自然界でも、クローンはいます。例えば人間です。受精した一つの卵子から生まれる双生児がそう です。つまり時折産まれる一卵性双生児はクローンなのです。ちなみに二卵性双生児は、遺伝子組成が異 なるのでクローンではありません。しかし、未分化で、あらゆる細胞に分化できる能力を持った幹細胞( Stem cell)は別として、成熟しきった、つまり分化しきった細胞の核(遺伝子)には、もはや分化(生 殖)能力はない、と専門家は考えていましたから、複製羊ドリーの誕生はショックそのものでした。それ ではどのように世界は、クローン研究により派生した生命倫理の問題に対処しようとしたのでしょうか。 次回は、イギリスを始めアメリカ、フランス、ドイツ、カナダ、イタリアそれに日本の現状についてふれます

今年の年次大会を理解するための解説(2) 医学博士 相磯 健先生

クローンとはなんでしょうか。前回クローンとは、ギリシャ語で植物の小枝を指すことから転じて、挿し木や無性生殖、つまり、オスとメスの結合という生殖過程を経ないで増殖する細菌のように、まったく同じ遺伝子組成を持つ細菌や細胞集団またはその個体群を指すといいました。これを、わかりやすく次のように整理してみます。

(1) 遺伝子DNAレベルのクローン  日本人の10人に1人は、糖尿病群といわれ、その治療にインスリンは必須です。インスリンの生産には、ヒト遺伝子DNAが欠かせません。そこでまずこのインスリン遺伝子を運び屋(ベクターといいます)にくっつけて、大腸菌などに組み込みます。大腸菌は、簡単に培養できますから、大量に増やしたのち菌を壊せば、大腸菌と共に増えたインスリン遺伝子DNAを多量に回収できるわけです。このように特定の遺伝子を、大腸菌のような微生物の体内で大量に増やしてえられた同一のDNA分子(遺伝子)の集団がクローンです。この操作をクローニング(Cloning )といいます。現在この方法で、インスリンのみならず、ヒト成長ホルモン、心筋梗塞や脳梗塞の治療であるTPA(血栓溶解剤)、抗ウイルス剤、抗がん剤のインターフェロン、肝炎に使用されるインターロイキンなど多くの薬が製造されています。

(2) 細菌・細胞レベルのクローン  一個の細菌や細胞を培養すると、均一な遺伝子をもつ細菌や細胞を大量に増やすことができます。この遺伝子組成の集団をクローンといいます。

(3) 植物レベルのクローン  前回述べたように、庭木などの枝を切って、土に挿すと、母樹とまったく同じ遺伝子をもつ苗木を短時間で多数増やすことができます。これがクローン植物です。この方法は、古くから園芸の分野で普通に行なわれてきたコピーづくりで、植物の複製は当たり前でした。

(4) 動物レベルのクローン  イギリスのウイルムット(I. Wilmut )らが、一九九七年に、科学誌「ネイチャー」に発表した核移植による羊のクローンづくりが最初です。六歳の雌羊の乳腺細胞を採取して、その核(遺伝子)を予め核を抜いた未受精卵に挿入し、代理母羊の子宮に戻したところ、子羊ドリーが誕生したのです。未受精卵の核を除去し、そこに体細胞の核を挿入することを核移植といい、クローン動物の産生には欠かせない技術です。体細胞とは、卵子や精子などの生殖細胞以外の細胞を指します。この体細胞の核移植によるクローンづくりは、現在ウシやブタにまで広がっています。

(5) 人間レベルのクローン  ヒトの場合、自然の営みで生じた一つの受精卵が二つに分かれて生まれる一卵性双生児が遺伝的にまったく同質なクローンであることは、すでにふれました。  では、ヒトの一卵性双生児が誕生したときは、周囲から祝福を受けるのに、クローン羊ドリーの場合は、なぜ世界的な論議が巻き起こったのでしょうか?  一つは、ヒトの一卵性双生児は、男と女による性的接触を通じて生まれた自然な存在であるのに対して、クローン羊は、成熟した羊の体細胞から核(遺伝子)を抜き取り、機械的に卵子に注入するという極めて荒っぽい、人工的な操作でえられた仔であることが挙げられます。男と女による生殖、つまり有性生殖には人類誕生500万年の安心感、自然な感じがあるのに対して、核移植という、男と女の性的接触によらない人工的な無性生殖に漂う違和感、不自然な感じを指摘する人が多いのです。 そこで、世界各国では、どのようにクローン問題に対処しているのか、見てみます。

2 クローン及び胚性幹細胞(ES細胞)と生命倫理規制  表には、クローン及び胚性幹細胞について、世界各国でどのように対応しているのか、先進諸国の生命倫理規制を取り上げまとめてあります。ここには、クローン胚、受精胚、胚性幹細胞、ES細胞など難しい専門用語が出てきます。すでに英国では、老人性痴呆のアルツハイマー病や白血病の治療に限り、核移植によるヒトクローン胚の作成を許可した、と報道されています。次回これらの言葉を説明しながら、生命倫理規制の現状についてふれます

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