第27回 IARP年次大会    講演会&パネルディスカッション

今年の年次大会を理解するための解説(3) 医学博士 相磯 健先生

3 胚性幹細胞(ES細胞)
前回世界各国では、クローン作成にどのように対処しているのか、先進諸国の法規制の例を掲げて示しました。クローン人間産生禁止では、各国とも一致していますが、ヒトクローン胚の作成については、見解が異なります。卵は受精すると分割を開始して胎児(Fetus)になりますが、受精から胎児になる過程のどこでヒトとなるのか、或いはヒトと見なすのか、によって対応が異なってきます。つまり、いつ、どの瞬間、物(胚)から人(胎児)に転換するのか、です。例えば、クローン羊ドリーを最初に産出した英国では、ヒトクローン胚の作成は監督庁の許可制になっているのに対して、ドイツは法律で全面禁止です。日本でも、ヒトクローン胚の作成は規制されていますが、このたび京都大医学部「医の倫理委員会」は、不妊治療で調整されたが、その後不要になった凍結受精卵を利用する日本初の胚性幹細胞の作成を承認しましたし(朝日新聞、平成一四年三月六日)、英国でもアルツハイマー病や白血病の治療にのみ利用する条件で、ヒト体細胞の核移植によるクローン胚をつくることを承認したと伝えられています(朝日新聞、平成一四年二月二十八日)。受精の瞬間をもって人間の始まり、とするカトリック教会の定義に照らせば(表2)、京大の決定は、人間の尊厳を冒涜するものになりますが、受精卵の子宮への着床をもって人間とするユダヤ教の教えによれば、全く問題はありません。それではここで論議しているヒトクローン胚とか胚性幹細胞などは一体なんでしょうか? 先ず幹細胞から入ります。

(1)幹細胞(Stem cell)
 白血病や放射線の大量被爆などにより造血機能を失った患者に、健康な人の骨髄を移植して、新たな造血を促す治療法があります。これは骨髄に含まれるあらゆる血液細胞のもとになる基幹細胞の移植に他なりません。血中には、白血球、赤血球、リンパ球、単球、血小板など多種類の血球がありますが、これらはすべて、一個の母細胞から分化してできたものです。このように血液中の、さまざまな血球の母体となる細胞を私たちは、造血幹細胞あるいは骨髄幹細胞といいます。骨髄以外にも、皮膚の幹細胞、肝臓の幹細胞、心臓や肺の幹細胞など人体のあらゆる臓器や組織を生み出す幹細胞があります。従来、成熟した神経はもはや分裂しないとされてきましたが、近年、神経にも幹細胞があることがわかり、神経の再生にも光明が射してきました。ところが人体には、これら諸種の幹細胞の母体となる始原幹細胞があるのです。しかもその始原幹細胞を多量に作り出すことができるようになりました。これが胚性幹細胞、ES細胞(Embryonal Stem Cell)です。

(2)胚(Embryo)
 卵は、受精直後から分裂をはじめますが、このときから8週目までの分割卵を胚といいます。ちなみに胚は受精1週間後、子宮に着床しますが、胎盤の形成は5週後です。産科学では受精後8週未満の胚を、胎生学では6週未満の胚を胎芽と称します(表2)。人の外観を見せ始める8週以降が産科学でいう胎児(Fetus)ですが、胚を胎児と称する人もいますので、見極めが必要です。

(3)胚性幹細胞(ES細胞)
 受精卵が分割を繰り返し64細胞数になったころ子宮腔に達するのですが、この時期になると胚の中に液体が貯留し始め腔所ができて、その一極の細胞が盛り上がり、内部細胞塊をつくります。これが胚盤胞(Blastocyst)ですが、外見上は球状の細胞塊にすぎません。この胚盤胞をそのまま成長させれば、出産になります。つまり胚盤胞とは、人体のすべての器官、臓器、組織、細胞に分化する能力を持った全能性の細胞塊なのです。そこでこの胚盤胞の内部細胞塊を取り出し、一個づつバラして培養すると、多機能に分化する細胞が一度に多数えられます。これがあらゆる幹細胞をつくる始原幹細胞、つまりES細胞です。心、肺などの臓器移植、再生医学に欠かせない万能細胞が理論上無限に入手できるわけですから、医療上の利点は限りないものがあります。例えば、東大大学院湯島研究所では、材料はアフリカツメガエルですが、その胚から未分化細胞を取り出し、膵臓などの内臓器、目や耳などの感覚器を作り出すことに成功していますし、分化を誘導する物質アクチビンの濃度を調節することで心、腎、肝、筋肉、血球などを作り分けています(毎日新聞、平成12年1月3日)。

 動物でできることは、人間でも可能です。現在最も注目され、そして警戒されているのは、クローン羊ドリー誕生の技術を使って、体細胞の核移植を受けた卵から万能のES細胞をつくれば、このES細胞を培養することで無数の体細胞クローンが誕生してしまうことです。ここに精子を使わない体細胞によるクローンづくりと万能ES細胞がドッキングする恐ろしさがあります。ところがその法規制が各国でまちまちなのです。その辺の事実を踏まえた論議が必要です。


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